2003年06月14日(土)
湖畔を独占、初の孤独キャンプ
玉山村 岩洞湖家族旅行村


 どこへ行こうか、決めていなかった。

 金曜の夜は深夜まで仕事をしたので、土曜は昼頃起き出してぼんやりしていた。

 予報は芳しくなかったが、大崩れするような予報でもなかったので、キャンプに出かけることにした。テントや寝袋はいつも車に積んである。水と卵と食糧を積みこんで運転席に座る。

 おもむろにキャンプ場ガイドを開き、行き先を考える。車で2時間ほどのところにある、N村のG高原キャンプ場に白羽の矢を立て、走り始めた。
 山の間を走る国道は、比較的空いていた。上空はどんよりと曇り、今にも降り出しそうである。玉山村に入る頃、ポツポツと雨粒が落ちてきた。むむむ、である。

 本州一寒いところとして知られる岩洞湖畔に家族旅行村があり、キャンプができる。オートサイトは有料だが、テントサイトは無料だ。予定変更。国道を左折して、家族旅行村へ入る。私はひとり。家族でなくてもいいのだろうか。

 やがてアスファルトから砂利道に変わった。オイオイ、この道でいいんだろうな。本当にいいんだろうな。時々思い出すように現れる「あと●キロ」などという看板がなければ引き返している道だ。これなら道ばたでキャンプできる。わくわくする。
 やがて、左手にキャンプ場が見えた。ご丁寧に「キャンプ場」という案内が出ている。小雨の中、見回してみると誰もいない。実に寂しい。「ご利用の方は管理センターで受付を」と書いてあるので、さらに奥へ車を進めて管理センターへ。管理センターは、オートキャンプ場のすぐ脇にある。オートキャンプ場はなるほど美しく整備されていて、ひと組の家族がコールマンのテントを張っているのが見えた。

 受付にいたのは年配の男性と女性の合計3人。愛想もいいし、受け答えもあたたかい。「きょうは誰もいませんから、好きなところにテントを張っていいですよ」という。これは幸運だ。いきなり貸し切りとは。しかも、オートキャンプ場と違ってテント持ち込みのフリーサイトであれば、こちらは無料である。

 車でキャンプ場に戻る。小雨は降ったり止んだりを繰り返している。少し高台になっている駐車場から降りて場内を歩く。雨が降るなら木のそばがいいし、なるべく平らなところがいい。湖のすぐそばまで出ることもできたが、結局駐車場のすぐ下にテントを設営することにした。
 旅の友は、モンベルの「ムーンライトテント2」。今回が2回目の使用だ。設営の手順はすっかりマスターできている。実に簡単だ。寝袋、マット、枕、火器、クーラーバッグなどを運び、さっそく横になってみる。実に簡単に、今夜の寝床ができあがった。あまり広くはないが、前室も確保されている。快適な我が家だ。

 蚊がいる。まだ梅雨入りしたばかりだというのに、もう蚊がいる。このあたりは平野部よりも気温が低いというのに、蚊…。防虫キャンドルを風上に置く。
 前室の上に張り出したフレームに、LEDライトをカラビナで吊り下げた。単3電池で長持ち、常夜灯にする。今回はこのほかに「カセットガスで灯るランタン」と、ロウソクを準備した。カセットガスでランタンが使えるなら、維持費がグッと下がる。キャンプにおいて、無駄な金を使うのは不毛だ。設備投資の後はできるだけ安上がりにキャンプを楽しむため、初めてフィールドで実験する。

 もっと維持費を下げようと今回導入実験を行うのが、手作りロウソクランタンだ。インスタントコーヒーが入っていた、口の広い瓶の中にロウソクを立てる。これだけだ。何せ、ロウソクは100円ショップで数本入りが手に入るし、その1本が6時間ほど使える。これなら、つけっぱなしにしているうちに眠りに入る。コスト的には誤差の範囲ではないだろうか。火事にならないように気をつければ、これほど好都合な照明はない。
 食事は鍋焼きうどんにした。安売りしていた、アルミ鍋付きのあれが今宵のディナー。前室でガスを使って湯を沸かす。卵を入れてモソモソと食べ、麦茶を飲んだ。食事終わり。あっという間である。

 ゴロゴロとして、ウトウトして、のんびり過ごす。この時間が大切である。誰も邪魔する者がいない。携帯電話は当然圏外。ざま見よ。時折、思い出したように雨がテントを叩く。

 暗くなった。22時頃には雨も止んだ。バッグの中には、チタン製のスキットルが入っている。中身は、ソウルで飲みきれずに詰めたチャミスル。ひとりでのんびり飲もう。ウーロン茶で割りながら、テントの外に置いたチェアに深く腰掛けて、チビチビと飲む。

 あたりでカエルが大合唱しているのが聞こえる。不思議なことに、時々シンと静まって、静寂が戻るのだ。そしてやがて一斉に鳴き始める。なぜだろう。

 ラジオからは、NHKのラジオ深夜便が流れる。加賀美幸子アンカーが「梅雨」の「梅」の話をしている。インタビューだ。しっとりしていて聴きやすい。落ち着いた内容がこのフィールドにピッタリなのだが、少し退屈したので民放にダイヤルを回した。

 福山雅治のオールナイトニッポン。中高生が投稿したラブレターをゲストの女優と朗読しては、ネタにして笑っている。ひどいラジオだ。ゲラゲラと笑ってしまうなんてひどい。でも面白い。誰もいないキャンプ場。面白いときには遠慮せずに、私も声を立てて笑った。闇に私の笑い声が響く。

 あぁ、それにしてもラジオから流れるのは、切ないほど甘酸っぱい恋の話。胸が締めつけられるようだ。こんな恋をしていた時代が私にもあったのだろうか。
 焼酎は、少量だったこともあってやがて空になった。気温も下がってきた。しかし、私にとってはとても快適。少し寒いくらいが最も活発に動けるのだ。もし一緒に誰かいたなら「寒い寒い」と言っていたことだろうと思うと、本当にひとりでよかったと思う。



 車から三脚を取り下ろし、小型APSカメラを据える。ロウソクの光でテントが浮かび上がっているこの光景を撮るのだ。夜景モードにして、フラッシュを焚かずに数枚撮る。ついでに、セルフタイマーで記念写真。三脚を片づけ、テントに潜り込む。

 キャンプ場は私の貸し切り。誰もいない。寂しい。まさか熊は出てこないと思うが、そんな安心に根拠はない。いくらでも熊がいそうなエリアだ。

 そんな暗闇に身を置くとき、心地よい寂しさが身を包む。さぞ自分と向き合って、普段はできない考え事に没頭できると思っていたが、初めての孤独キャンプに心が浮き立っているのだろうか。頭に浮かぶのは明日の天気だったり、誰かが今夜私と連絡をとりたがっていたらどうしよう、ということだったりする。

 前室を閉じ、ラジオを聴きながらウトウトする。ラジオを消し、まだ日付も変わらないうちに、静かに睡魔に引き込まれ、私は夜に埋もれていった。
 明け方、騒がしさに目を覚ました。中年男性の群が現れたようだ。すぐ上の駐車場で車を降り、ガヤガヤと湖の方に歩いていった。時計を見るとまだ04時台。釣りファンらしい。

 休みなのだから、体を休めることが優先だ。外も曇っているので朝日も望めない。早起きしても、とびきりの光景は期待できない。様々な条件を考慮して、二度寝を決定した。

 夜中にずっと聞こえていたものとは違う種類の、はるかに数も種類も多い鳥の声が聞こえる。
 08時頃だったろうか、起きた。外に出て、湖畔にイスを置いて湖を眺めた。対岸にはオートキャンプ場。黒い犬と子供がはしゃぎ回っている。父親らしき人物が、コールマンテントのペグを抜いて後片づけに取りかかっていた。

 食事は、昨夜の鍋焼きうどんと同じ仕組みのソバにした。同じように作って食べ終わった頃、揚げ玉が手つかずのまま残っているのを見つけた。麺と一緒にパックされているのに気づかずにいたのだ。無念。これがあれば、もっとおいしくなったかも知れないのに。次からはもっと注意を払って朝食を作り、おいしく食べたいものだ。

 いつからか小雨が降っていた。そんな中、てきぱきと片づけに取りかかる。ひとりでキャンプをしている割りには荷物が多い。何度かに分けて車に運ぶ。そんな中、冬に仕事絡みでお世話になった漁協のSさんに偶然出会った。釣り人がいるときは湖を巡回している。久しぶりなので2〜3分話した。

 撤収を終えて管理人さんに挨拶し、帰路についた。家の近くにさしかかると、空は明るく、雨が降りそうな様子もない。やはり山は雨が降りやすいのだ。アパートの廊下(?)の手すりにテントを干した。

 小雨は降っていたが、孤独を満喫することができるキャンプだった。やはり孤独は素晴らしい。誰かいたのでは、その人に気を使って過ごすことになる。

 ひとりって、自由だ。

戻る