2003年10月4日(土) 氷点下、黄金の山を望む 川井村 旧早池峯山荘前 |
今回のキャンプは、思い切って知らないところへ行こうと思って旅立った。普段はいつも近場ですませていたのだが、今年も寒さが厳しくなってきたこともあって、普段行かないようなところに行こうと考えた。今年もだんだん秋が深まってきたこともあり、真冬までに何度キャンプに行けるかわからない。 といっても、そう思いついたのは出発の直前で、別に行ってみたいところが頭の中にあったわけではなかった。昼頃にのんびり起きた私は、午後になってキャンプに行こうと思い立った。水や食べ物などの荷物を積みながらも、行き先のことを考えていた。運転席に腰を落ち着け、東に向かうことに決めた。 そこには、県内で2番目に高い早池峰山というのがあり、毎年多くの登山客でにぎわう。ふもとにはタイマグラという地域がある。電線が敷設されたのが遅かったことで知られる地域だ。 夏の終わりに行ってみようと計画を立てたことがある。そのときは、行きたがっていた職場の同期の都合が悪くなって、残念ながら流れてしまったのだった。 今回は1人。たった1人なので、他人の都合は関係なく、自分の意志だけで決行できる。幸運なことだと喜びをかみしめてハンドルを握った。 |
車は、山に入っていく。国道を東へ進む。山の中を快適に進む。標高がそれなりに高いところでは、やはり紅葉が始まっていた。ところどころ、色づいた木々が目に付く。 昼過ぎに思い立ち、出発は15時過ぎ。現地到着予想時刻は17時30分前後と見込んでいた。 まずい。日が暮れてしまう。のろのろ運転の車を追い抜き、道を急ぐ。のんびりするためのキャンプだが、それでも真っ暗になるまでには到着しなければ困ることになる。矛盾を感じつつも、時計を見ながら道を急ぐ。 国道を右折し、別の国道に入る。車はほとんど通っていない。快適に距離を縮めていく。やがて見えた目標をさらに右折、県道に入る。これが狭くて曲がっていて怪しい道だ。工事もしていて、目的地にたどり着けなかったらどうしようと、若干の不安がよぎる。 薬師川の脇を走る道は、路肩がところどころ川に向かって崩れている。「路肩弱し」という標識まで出ている。時々、車やトラックとすれ違う。見通しが悪いカーブが多く、うかつに速度を上げていれば避けられない。窓を開け、他の車のエンジン音を探そうと耳をそばだてつつ、細い道を攻撃的に進む。 |
途中、軽トラックとすれ違った。ドアに「タイマグラキャンプ場」と書かれたステッカーが見えた。管理人だ。帰ってしまったのだ。時刻は17時を少し回ったところ。管理人が帰ってしまったというのはどういうことだろうか。いやな予感がする。 周囲は紅葉も見頃にさしかかろうとしていて、谷を走る細い県道は相変わらず右へ左へとのたうっている。 キャンプ場の資料によると、混雑度は3段階のうちで最も低い1とされる。しかも無料。有名なところなので混雑していなければよいのだがと気になったが、これほど道が細くて寂しいのなら、きっと貸し切りに近いに違いない。 |
ほどなく、きれいな芝と常設テントが視界に入った。川沿いの静かで清潔なキャンプ場。しかし誰もいない。しめしめ、貸し切りだ。正面入り口を探して少し進むと、ゲートがあった。しかし、門扉は閉じられている。 なんてことだ、管理人が帰ってしまったのは客が誰もいないからなのだ。 看板が見える。数百円の利用料を取るらしい。手元の資料によると無料とのことだったが。改訂されてしまったのだろうか。後日、インターネットで調べたら「平成15年5月から」とある。5ヶ月前に改訂されていたらしい。 有料のキャンプ場に、管理人もいないのに入り込むべきではない。よそに泊まろう。しかし、遠く離れた別のキャンプ場に移る余裕もなかろう。近場にないものか。 Uターンをして、県道の脇に見えた細い道に入る。上り坂になっていて、キャンプ場を見下ろすように山荘があった。立派な建物に見えるが、人気がない。廃止されてしまったらしく、無人の建物となっていた。その建物の前の駐車場でテントを張ってみる。 いつもの相棒、ムーンライトテントU。組み立ててフライを被せ、ペグを手に近づく。しかし、そこは土のすぐ下に砂利が敷いてあり、堅くてペグが打てない。残念ながらそこにテントを設営することはできない。 |
小道を挟んですぐ前にある空き地に行って偵察する。キャンプ場方向に向かって緩やかな下り坂になっているが、大丈夫なレベルだと判断した。 テントを持ち上げ、新しいところへと歩く。そこにブルーシートを広げ、テントを置いた。すぐにペグを打ち、車を近くへ移し、手早く道具を降ろす。水道が使えないことを予期して、水タンクを持ってきた。スタンドに立ててテントの近くに置く。コックをひねれば水がすぐに使える。飲み水はシグのボトルに準備した。 いつもより荷物は少な目だが、それでもどんなところでも野宿できる装備である。 不気味な空き家となった山荘も木々の向こうに消え、目の前には紅葉が始まった山々がそびえている。遠くで工事現場らしき音が聞こえているが、日没と同時に音は消えるはず。 ほどなく、思った通りに静寂があたりを支配した。携帯電話も当然のように圏外である。電池がもったいない。電源を切る。ざま見ろ、これで誰も私の邪魔をすることはできないのだよ。 |
食事は今回もレトルトカレー。アパートでご飯を炊き、メスパンキットに詰めてきた。灯油のバーナーで湯を沸かし、レトルトカレーを温める。その上にメスパンを乗せてご飯も温める。 ゴミも少なく、コストも抑えたキャンプスタイルだと思っている。湯が沸くまでの間に、折り畳みテーブルとチェアを並べ、ビールなどを持ち出す。卓上のガスストーブにシエラカップを乗せ、湯を沸かしてスープを飲む。 灯油バーナーの湯が沸いて、しばらくたったので食事にする。あつあつのキーマカレー、貰い物のレトルトはこんなにも美味しいのか。 音もなく闇に飲み込まれていく空と、溶けるようにシルエットに変わっていく山を眺めながら、のんびりと食事する。ビールも2本飲んだ。チューハイも持ってきたが、一人でそんなに飲めない。 ラジオは不感地帯のようだ。楽しみにしていたNHKラジオ第一も聞こえない。ま、これは静かな夜を過ごせということだろう。未練もなくラジオはあきらめ、静かに夜が更けるのを待つ。 |
気温はどんどん下がっていく。もはや、夏のようなキャンプはできない。フリースの暖かい上着を羽織り、テント脇のチェアへ運ぶ。韓国ソウルで安く買った、ミリタリー毛布だ。膝に掛けていれば大変暖かい。 空にはついさっきまで明るい月と星がでていたが、やがて西の空から雲が広がってきた。天気予報は聞けなかったが、下り坂と読める。食器をまとめて片づけ、濡れたら困るものを車内に仕舞う。テーブルもチェアも片づけて、テントの中に隠れた。 今夜は雨が降るのかもしれない。いつもなら専門天気図であれこれと検討して出かけるのだが、今日はそうしなかった。まぁ、雨が降っても大きな崩れにならないことはわかっていたので、とりあえずここで死ぬことはない。本を読もうと取り出した。 殺人的な労働のせいで、連日深夜2時過ぎの就寝だった。今日は休日だが、大好きな朝寝を充分にしたわけではない。ほどなく眠気が頭いっぱいに広がった。私は抗うことなく本を閉じ、眠りにつくことにした。時刻はまだ22時前後。すばらしく早い就寝だ。ニヤニヤしながら目を閉じる。 それにしても、このシュラフの温かいこと。テントの外は、寒さに強いはずの私でさえ震えるような気温だったのだが、シュラフの中ではTシャツとトランクスで快適だ。首のところまでファスナーを上げて、ぬくもりの中で眠る。 |
寝ている間、夜半過ぎに雨の音で目を覚ました。それほど強くなる前に止んだようだ。ただ、雨のほかにも二度ほど妙な感触で目が覚めた。 何か大きな手のようなもので頭を押さえつけられているような感覚。それが何だったのかわからないが、高校生の頃によく体験した金縛りに似ていた。脳血管の病気などでなければよいのだが。 明け方、4時頃だろうか。目を覚ます。いつものバッグについている小さな温度計を眺める。テントの中は10度。外に出てみる。もちろんキチッと着込んで、だ。 寒い。辺りの草が白く見える。霜のようだ。温度計を水タンクの上に置いて小用を済ませ、戻ると温度計は氷点下3度を示していた。テントのフライについた水滴は、確かに凍っている。 空は晴れている。放射冷却に違いない。車からテーブルとチェアを出し、毛布を被って深々と腰掛ける。 空は西の群青からだんだん青くなり、東の空は金色に輝いている。そのグラデーションの美しさと、西側で朝日を浴びてまぶしく光る黄金の早池峰山。その荘厳な眺めに心を奪われた。 日の出の頃、静かに変わっていく景色を独り占めにしている快感。辺りには誰もいない。贅沢だ。これだからやめられないのが一人キャンプなのだ。 |
バーナーとシエラカップを出し、朝のスープを作る。熱いスープで朝の訪れを祝う。何事もなく、無事に野宿が終わろうとしているのだ。私はスープを味わいながら、純粋にその幸運を喜んだ。 スープを飲み干し、カップを水ですすいでテントに戻った。幸せな二度寝だ。温かいシュラフは、寒い野山においても快適な休息を約束してくれる。日が昇って気温が上がるまでしばらく眠ることにした。 朝食はキムチラーメン。いつものパターンだ。熱くて辛いスープのラーメンが、寒さを吹き飛ばしてくれる。灯油バーナーで湯を沸かし、コッフェルでラーメンを煮る。 韓国で買ったこのラーメンは、麺と同時に粉末スープも入れよと書いてある。日本のラーメンはスープを後から入れるものが多い。こうすることで麺にも味が染み込むのだろうか。熱々のラーメンをすすり、食器を片づけた。 昼前、フライシートに付いた水滴が乾くのを待って撤収。寝具やチェアなど、周りのものを先にすべて片づけ、テントを最後に仕舞う。いつも快適にキャンプを楽しむためにも、濡れたままで片づけることはできない。焦らず丁寧に帰る準備をした。 どうせこのあと予定もない。帰り道は違うルートで帰ることにしよう。車は見事な紅葉の中を滑るように走り、秋の訪れを目と心に焼き付けた私は、すっきりとした気持ちで軽やかに現実世界へと舞い戻った。 |