2004年6月12日(土)
道連れキャンプ・職場編
軽米町 フォリストパーク軽米
 仕事から離れ、非日常を満喫するのがひとりキャンプである。職場の人間関係をすっきりと忘れ、尊厳を持ったひとりの人間に立ち戻る時間を確保するための営みである。次から次に降ってくるやっかいな仕事を片づけながら、一つ終えるたびに「次は何だっけ…」とため息をついている日々とは、厳然と切り離されていなければならないと確信しているのだ。

 であるからして、職場の人間をキャンプという特殊な「空間」に招き入れるという行為には、とりわけ慎重であるべきである。職場の延長みたいなことになってしまっては意味がない。

 そういいつつも、職場で仲良しな同僚/先輩/上司が存在する余地は十分にある。同志とも呼べるほど考えが近い人物とならば一緒に出かけてもいいだろう。ただし、女子を誘っていくと野外で虫がいるとかいちいち騒ぐだろうし、職場の人間関係において厄介なことになりかねないので結局野郎と行くことになる。それでいい。幸い、そういう同志チックな人物が私の職場にもいる。

 他のセクションで10年近く先輩なのだが、Tさんとはよく話が合う。世間や仕事に対する感覚・姿勢もまともで、尊敬できる先輩だ。ことあるごとに私は職場でも「ひとりキャンプ」の意義深さを語っていたのだが、その話を本当にしみじみと聞いてくれていた。そして、ついに「なぁ、俺もテント買っちゃったよ」と言ってきたのだ。決行の時がやってきた。
 Tさんには美人の奥さんがいるが、奥さんは別の用があるとかで思ったとおり野郎2人になった。休日、私の車に荷物を積み込んで県北の軽米町(かるまいまち)を目指した。キャンプをする候補地は他に無料の場所があったのだが、実地検分をした結果、傾斜地でいまひとつ快適キャンプの条件を満足しないのでそこは見送り、第二候補の「フォリストパーク」にたどり着いた。

 この施設にはチューリップ畑や風車のある公園がある。キャンプ場も併設されていて、そこにはバンガローが幾棟か並んでいる。この日は、バンガローを使う家族が一組いた他は静かだった。管理人のおじさんが親切に案内してくれた。車も近くまで乗り入れて構わないとのこと。

 我々は、斜面を下った砂地にテントを張ることにした。



 Tさんのテントは大手メーカーの大型テント。家族用だ。今回初めて張るとのことで、私がレクチャーしながらの設営となった。まぁ、説明書なしでも何とか初見で失敗もなく張れるわけで、最近のテントは容易に設営できるように作られているのだな。



 フライパンは偉大なるダイソーで100円だが、食事の中身は豪華だった。炭火焼きのステーキや野菜類。アスパラやキノコや、好きなものばかりを買ってきたのだ。ご飯も「かんたん炊飯器」で簡単においしく炊けた。

 Tさんはあまり酒を飲まない。缶ビール一本、乾杯しただけで赤くなってしまった。空を見上げると景気のよい星空。流れ星や人工衛星もしっかり見えた。Tさんは久しぶりにこんな星空を見たといって上機嫌だ。



 仕事の話は少しだけ。やりがいを感じながら楽しく仕事をしていくために必要なことは何なのか、あくまでも自分の人生が主役であるという立場から語り合った。あとは他愛のない話。このキャンプの前に私の転勤説は上司から極秘裏に示されていたのだが、それも明かして、人生とは何なのかというとりとめのない話に広がっていった。

 気がつけば深夜。ほとんど酒を飲まずに話は盛り上がり、火を消して休むことになった。聞こえてくるのは静かな風の音、遠くの鳥の声。いい夜だ。眠くなったTさんは先にテントに入り、私はしばらくテントの外で椅子に座って満天の星空を眺めていた。

 テントのそばでくつろぐ夕方、夜の食事どき、星空を仰ぐ真夜中、夜明け…。どれも私が好きな時間帯なのだが、この夜も星は見ものだった。まだ寝てしまうには惜しい。
 携帯電話を取り出し、ある女子にメールを打つ。星空の美しさ、静かな夜の魅力について。程なく返事が届いた。(そんな星空見てみたい、今度連れて行ってください…。) さて、今後この女子をどうすべきだろうか。転勤で岩手を離れる日が近い私は、真夜中、ひとりであれこれと考え事をしていた。




 朝。朝食は軽く、即席ラーメンか何かだっただろうか。外で食べれば何でもうまい。晴れたり曇ったり。でも、梅雨入りした割にはいい天気で推移した。

 1030現地発。

 どこかで温泉に入って帰ろうということになった。帰り道、隣町だったか高台にある入浴施設に立ち寄る。



 外観は写真を撮っていなかったが、浴室の写真を数枚おさえていた。日曜の午前中、田舎町。混んでいて当然ともいえる時間帯であったが、農家が忙しい時期なのかガラ空き。貸し切り状態で湯を楽しんだ。



 日曜からこんなんでは相当な赤字であろう、と、Tさんと一緒に心配してみる。地方自治体は身を引き締めないと。



 高台にあるだけあって、眺めはよかったのだが…。
 とりあえず昼頃までに盛岡市内に戻っておきたい。帰り着くと、Tさんが自宅に招いてくれた。奥さんが蕎麦をゆでてもてなしてくれた。蕎麦は大好物、しかも岩手の蕎麦は本当にうまい。ごちそうになった。

 キャンプの土産話を、Tさんは得意げに奥さんに披露していた。テントの中の居心地はこうで、寝袋の寝心地はこうで、メシがうまくて、夜は星がああで鳥の声がこうで…。話すTさんは嬉しそうで、聞く奥さんも嬉しそうで。やはりキャンプは人を幸せにするのだ。私も嬉しかった。

 楽しいキャンプだった。私はTさん宅をあとにして、昨夜メールを送った相手と会った。私はこの2週間後、人生に大きく影響する決断を下すことになる。

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