2004年8月28日(土)
北海道初キャンプ
釧路町 来止臥野営場
 友達も、恋人も、心残りをみんな置き去りにしてこの土地へやってきた。
 転勤というものはストレスがたまるものである。本人自身の意向など全く関係なく、見知らぬ土地に会社の都合でポンと放り込まれ、慣れない職場環境、なじまない生活圏にとけ込もうとする努力がしばらく続く。あぁこれがサラリーマンの宿命なのだ、転勤族は未来永劫この繰り返しに甘んじなければならないのだ、と思うと涙が出そうになる。あぁ、かわいそう、転勤族(含む・私)。

 …とまぁ、そうやって暗く落ち込むのは簡単だけれど、私はそんな生き方を旨としない。もっと明るく強く、胸を張って生きていきたいのだ。それに、北海道しかも道東に暮らすのだ。海の幸の豊かさに圧倒され、大好きな牛乳も感激の大洪水である。日本でいちばん食い物に恵まれているところと断言できよう。これ以上いいところ、我が国のどこを探しても他にないぞ。とは言っても、新しい環境でストレスがたまるのは現実だし、そのストレスから顔を背けているとろくな事にならない。そろそろ息抜きをしたいな、と思っていたところへ好機到来。



 きっかけは、旅の青年。まぁ私だって青年なのだが、単車で北海道を旅している関東在住の大学生(web「非日常口」の“まごころ”君)なのであった。前任地にいた頃から、縁あって当サイトとは相互リンクという友好的関係を結んでいただいている。彼が道内を旅行していることを偶然知り、釧路を通るのなら会って話してみたいと思って連絡してみた。私が釧路にいるということに彼は驚いていたようだったが、とんとん拍子に話は進み、“まごころ”君が示したキャンプ場で落ち合うことにした。



 現場は、釧路町の昆布森シレパ休養林来止臥(キトウシ)キャンプ場。シレパというのは尻羽岬のことであろう。釧路市の東に続く、太平洋に面した海岸線エリアだ。私は所用を済ませて16時頃に到着した。彼は先に到着して待ってくれていた。はじめましてと挨拶し、テントを張る。キャンプ場入り口から奥に行くに従って段階的に低くなっている。その中間地点の崖よりにテントを並べて張ることにした。さすが身軽な旅装備、“まごころ”君はさっさと荷物を展開。設営を済ませ、奥を探検してきますと言い残して愛車にまたがり出かけていった。道なき道を探検し、やがて彼は満足して帰ってきた。



 それにしても、絶景とはこのことである。こんなところでキャンプをしたことなどなかった。問答無用で太平洋が広がっている。海は広いな、大きいな、なのである。沖に向かって点々と定置網の目印が伸び、遙か遠くを船が進んでいるのが見えたり見えなかったり。胸を打たれ、しばらくその景色に見入ってしまった。

 それにこのキャンプ場の立地ときたら。あからさまに崖の上だ。根室半島にかけてこうした崖が断続的にのびている。海面は遙か下にあり、そして私よりも低いところをカモメだかウミネコだか、要するにアレ系の鳥が右へ左へ往来している。巡航する鳥を上から見下ろすことの快感。これはすごいところに来てしまった。自宅から少し車を走らせるだけでこんなキャンプ場があるなんて。しかも無料だ。当然、余計な設備などないからすこぶる不人気の様子だ。いいぞいいぞ。


くみ取り式トイレ 外観 (ペーパーは各自で準備)


内部。ものを置く棚か、出っ張りが邪魔で仕方がない

 ここは携帯がつながりにくい。当方のau、その後DoCoMoでも確認してみたが、いずれも圏外すれすれだった。ポールにぶら下げて待ち受けるか、砂利の上で使うか、どちらかでなければ通じないことがわかった。仕事の急な連絡などが入らないとなると困るなぁ、と思いつつ、一方で、仕事のことなんか忘れてしまえ! と思っている自分がいる。

 仕事から逃れるつもりでここに来ていても、あっさりと捨て去ることはできないのが現実なのか。休日の前に「携帯の通じにくいところにいます」と伝えておけば別かもしれないが、今回はそうでないのだから取り返しのつかない事態となればマズイ。逃れたい仕事であっても、結局はその労働によって生きる糧を得なければならないのだ。



左奥にいる後ろ姿が、“まごころ”君

 だらだらと時間を過ごし、19時頃に夕食タイム。食事をしながらあれこれと話す。私はいつものキムチラーメンにした。共通の話題といえば旅かキャンプか。初対面であるはずなのに、ゆったりとした気持ちで会話を楽しむことができた。



 それにしても、やはり学生時代の旅はうらやましい。私は南西諸島ばかり、民宿に泊まりながらウロウロしていたが、彼のようにキャンプしながらの長旅も経験しておけばよかったかと振り返ってみたりする。まぁ、キャンプの楽しさに目覚めたのが社会人になってからなのだが。彼もやがて社会人となるけれど、そうなってしまえばきっと学生時代の長旅が恋しくて仕方なくなるだろう。応援する意味で、どこかで釧路の味覚をごちそうしてあげようと思って提案してみたが、彼はそれよりもここでキャンプすることを選んだ。



 私などは旅の楽しみに現地の味覚というものは欠くことができないし、きっとそういう人が世の中にはたくさんいると思うのだが、彼はそうではなかった。節約しながらの旅、という状況も当然あるだろうけれど、ご当地グルメというものにはおよそ関心が薄いようであったし、アルコールも基本的に飲まずにすますという。私も普段は飲まない方だが、キャンプの時はなぜか嬉しくて、焼酎や梅酒をちびりちびりとやることが多い。“まごころ”君は、旅というものを純粋に楽しんでいるのだなという印象を受けた。



 満月に近い月が現れたが、夜遅くに雲がかかった。22時をすぎた頃、それぞれテントの中に入った。軽く飲んだ韓国焼酎「チャミスル」のおかげか、すぐにウトウトし始めた。日付が変わる頃に一度目が覚め、それ以降は崖下から聞こえてくる波の音とラジオ深夜便を子守歌に眠りについた。


 翌朝は05時過ぎに起きた。心地よい目覚めだった。朝露で濡れた足もとを気にしながら散歩する。ひんやりとした朝の空気。本州であれば高原の朝、といったところか。実に気持ちがよい。薄曇り、天気は悪くはないが朝靄のようなものがかかっている。静かな夜が明け、静かな朝を楽しむ。散歩のあと、ウトウトと二度寝をしたか、それとも本でもめくったか。



 しばらくテントで過ごし、0730頃から朝食とした。朝は簡素に、チキンラーメンの小型バージョン(?)とスープなどを味わう。


 朝食を終え、のんびり過ごす。何といっても太平洋である。何もないはずなのに、そこに海があるというだけでこんなにも惹かれる眺めなのか。心も晴れる。私の体に積もっていた気苦労はすっかり消え去っていたようだった。こんなすばらしいキャンプ地があるとわかったら、なんだかいくらか気分も軽くなったようだった。心地よい風を受けながら、ゆっくりと後片付けを進めた。


左、私の姿はつぶしておきました


 “まごころ”君は、これからさらに東進して納沙布岬を目指すという。できることなら私もこのままどこかへ旅に出てしまいたい。そんな私の気持ちも持って行ってもらえたら…。楽しい旅になるように、とりわけ道中の無事を願いながら、握手を交わして別れた。冷静でソフトな物腰ながら、そのまなざしには旅への情熱が感じられる、心優しい旅人と出会うことができた。

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